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千葉地方裁判所 平成元年(ワ)1368号 判決

千葉市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

秋田良一

東京都中央区〈以下省略〉

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

古曳正夫

右訴訟復代理人弁護士

今村誠

主文

一  被告は、原告に対し、金九〇四万二〇八三円とこれに対する昭和六二年三月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを六分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

事実及び理由

一  請求

被告は、原告に対し、金五五三一万六二九六円とこれに対する昭和六二年三月一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  事案の概要等

1  本件は、原告が、被告千葉支店と株式売買委託取引をしていた際に、担当者Bから絶対値上りする株であるとの旨の別紙勧誘一覧表記載の断定的判断の提供による勧誘(証券取引法五〇条一項違反)を受けて、別紙取引一覧表のとおり昭和六二年七月頃から同年一二月頃にかけて一〇銘柄の株式の買付を被告千葉支店に委託して行った(以下適宜「本件取引」という)ところ、当該株式の下落により損失拡大防止の為に売却せざるを得なくなって別紙損害明細のとおりの計五二三九万余円の差損が出たとし、右差損は被告担当者の右違法行為(不法行為)によるもので被告に使用者責任があると主張して、被告に対し、右差損相当額(当初計算額のまま)の損害賠償を請求する事案である。

2  これに対し、被告は、担当者が断定的判断の提供による勧誘(証券取引法五〇条一項違反)をしたことは全くない、原告は株式取引の練達の士であってすべての取引は原告の判断によって行われた(多くは指値の注文である)、担当者は顧客の求めに応じて相場感を提供し単なる予測と判る数字を述べているに過ぎない、として違法な勧誘行為による取引の存在を否定したうえで、行政取締法規である証券取引法五〇条一項違反の勧誘行為が直ちに不法行為(或いは債務不履行)になる訳ではなく違反の程度が著しいもので顧客の自主的かつ自由な判断を阻害する態様の勧誘でなければ不法行為等とはならない、また株式の売買差損が直ちに損害になる訳ではなく買付時の違法と安値の時期に違法に売却させられた事実がなければ売買差損を損害とはいえない、と主張し、また、原告が昭和六一、二年被告と本件取引を含む九五回の取引により差引三二四七万余円の利益をあげながら、差損が出た本件取引だけを取上げて損害賠償請求をするのは不自然である、と付言した。

3  本件では、原告が別紙取引一覧表記載のとおりの株式売買を被告千葉支店に委託して行いその売買の結果原告に同表記載のとおりの差損(負の差額)が生じたこと、原告の右買付委託取引における被告の担当者がBであったこと、以上の事実関係は当事者間に争いがない。

4  そして、本件の主な争点は次の(1)(2)の点であり、これが認められる場合は更に(3)(4)の点の検討を要することとなる。

(1)  当該株式買付委託の際に担当者の断定的判断を提供した勧誘があったか。

(2)  右断定的判断を提供した勧誘があった場合、原告の当該株式買付委託が当該勧誘による買付委託といえるか。

(3)  右断定的判断を提供した勧誘による買付委託といえる場合に、当該勧誘に不法行為となる違法性があるか。

(4)  当該勧誘に不法行為となる違法性がある場合、被告の賠償すべき損害額。

三  検討・判断

1(被告担当者の勧誘について)

(1)  別紙取引一覧表記載の取引(本件取引)における被告担当者の買付勧誘につき、前記二3の争いがない事実(取引明細と差損額、被告担当者)を前提にして、原告本人尋問の結果、証人B(被告担当者)の証言、甲第一号証の二(原告・B間の電話録音の反訳書)、甲第二乃至四号証(原告の陳述書)、乙第三号証(原告の当時の売買取引計算書)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

①  原告は、昭和六〇年六月頃被告と株式等の委託売買取引を始め、昭和六一年七月頃からはいわゆる信用取引も行い、本件取引を含め、昭和六二年二月までの間に被告を通じて一〇〇回近く株式等の売買取引をし、その多くを信用取引で行った。なお、原告は、本件取引当時(昭和六一年)には、一か月(長くて二か月)程度の短期売買を行っていた。

Bは、当時被告千葉支店の職員であって、昭和六一年七月以降原告の取引の担当者となり、本件取引を取り扱った。本件取引は、いずれも、被告担当者であるBが原告に勧誘し、これを受けて原告が被告に買付注文を委託した取引であった。

②  本件取引の際に、Bは、当該買付注文を受けた当日或いは前日頃に、値上りを見込める情報として次記の旨の話をして、原告に株式買付の勧誘をした。

東京放送 赤坂の本社を売却して建て直す。

三菱地所 国会議員が大量に買占めをする。

四大証券の買手口が多くなり始めている。

日本通運 国鉄民営化が決まった。

三菱重工 野村の本部が同銘柄をリード役にすることに決めた。野村が株価操作をする。

四大証券が全部買っている。

石川島 野村の本部が同銘柄をリード役にすることに決めた。野村が買っている。

大日精化 公募増資株を特別にお分け(プレゼント)する。

航空電子 今朝ある証券会社から仕込むとの情報を得た。

東レ 今動いている仕手株、新値更新した。

荏原製作所 今動いている仕手株、出来高連日トップ。

関電工 NTT(或いは東電)絡みの株である。

証券会社も買っている。

③  また、本件取引の勧誘の際、Bは、原告に対し、各銘柄につき短期的に確実に値幅が取れるとの旨の話をして勧誘したが、次記四銘柄については具体的な値上り幅につき次記の旨の話もした。

三菱重工 七〇〇円を抜くのは堅い。

航空電子 一七〇〇円は堅い。

荏原製作所 今買っても一割は堅い。

関電工 一割はとれる。一割上ったら売って儲けさせる。

④  原告は、Bの勧誘による昭和六一年七月以降の被告における取引(本件取引を含む)で、同年九月から一一月に売却した取引に差損が重なり、特に同年一〇月後半から一一月に売却した分は大きな差損を出し、Bは原告から強い苦情を受けていた。

(2)  右(1)の事実関係と右(1)冒頭記載の証拠によれば、被告の担当者Bによる本件取引の勧誘は、各銘柄につき短期的(当該取引では一、二か月以内の意味)に値幅が取れる株式ということで原告に買付を勧誘したもので、いずれも証券会社等の買出動(三菱地所・三菱重工・石川島・航空電子・関電工)、仕手株化(東レ・荏原製作所)、都市再開発・国鉄民営化・東電或いはNTT関連(東京放送・日本通運・関電工)、公募株(大日精化)等といった当時値上りが確実視される情報(右(1)②)を提供し、かつ勧誘した取引で差損続出中の昭和六一年一〇月末からは値幅を示したり利益確保を約束するかのような話(右(2)③)をもした勧誘であって、勧誘時に「絶対に上がる」という言葉を出したか否かは別としても、「確実に値上りする株式」という話をして売込んだ勧誘であった、といえる。

ところで、右勧誘において「確実に値上りする株式」の根拠として提供された情報(右(1)②)をみると、都市再開発等関連(東京放送・日本通運・関電工)や公募株(大日精化)というのは、人気化する可能性が高いと見られるテーマに関連する銘柄として当時一般的に言われていたもので特に右勧誘において目新しいものではなく、その情報の提供を受けた原告においても当該情報の株式価格への影響につき独自の判断が可能なものであったとみられるが、他方、証券会社等の買出動(三菱地所・三菱重工・石川島・航空電子・関電工)や仕手株化(東レ・荏原製作所)というのは、値上りに直結する特別な情報でかつ直ちに対処しないと乗り遅れる話と受取られるとみられるものであった、といえる。

そして、本件取引の際の右勧誘の言葉と右提供情報を考え併せると、本件取引は全て右③のように「確実に値上りする株式」という話をして売込んだものであったところ、そのうち、東京放送・日本通運・大日精化については、右提供情報から顧客(原告)が値上り確実の程度を独自に判断可能であったといえるから、被告担当者の「値上り確実」という話をした勧誘を「断定的判断を提供」した勧誘であったとまではいえないけれども、その余の七銘柄(三菱地所・三菱重工・石川島・航空電子・東レ・荏原製作所・関電工)については、右提供情報が顧客(原告)独自で判断する余地の少ない右特別の情報とされるものであって、しかも一部の銘柄(航空電子・東レ・荏原製作所・関電工)では利益確保を約束するかのような話もして、被告担当者が「値上り確実」という話で勧誘したのであるから、顧客(原告)には被告が値上りを保証する確実な銘柄と受け取られるものであって、被告担当者による「断定的判断の提供」による勧誘があった、というべきである。

(3)  なお、被告は、本件取引の勧誘の際に、担当者のBは、原告に対し当該銘柄の材料や騰落経過等を踏まえた自分の相場観を語っているに過ぎず、「絶対に上がる」というような断定的言動を慎重に避けており、正当な営業活動の範囲内のことである、と主張する。

しかしながら、前記録音テープ反訳書(甲第一号証の二)の中では、事後的な会話であるが、Bは「絶対に上がるから買うように」と原告に勧誘したことを否定しておらず、本件取引の勧誘の際に多くの場合「絶対に値上りする」との言動をしたことが窺われるうえ、前記提供情報の内容(右(1)②)や原告に差損が続出した時期(右(1)④)等に前記利益確保のような話(右(1)③)をした勧誘もあったこと等からみれば、本件では、右七銘柄(三菱地所・三菱重工・石川島・航空電子・東レ・荏原製作所・関電工)については、右のとおり「断定的判断」の提供があったといえるものであって、被告の右主張は採用できない。

2(原告の買付注文について)

(1)  本件取引は、原告が被告担当者の勧誘に応じて買付注文した取引であり、そのうち七銘柄(三菱地所・三菱重工・石川島・航空電子・東レ・荏原製作所・関電工)については、右1のとおり被告担当者の前記言動と提供情報があいまって「断定的判断の提供」による勧誘があったといえるもので、かつ、原告も右勧誘に従った買付注文をしたものであったから、特段の事情がない限り、当該七銘柄の取引は被告担当者が「断定的判断の提供」をした勧誘による取引であったというべきである。

(2)  これにつき、被告は、原告が信用取引等を多数行った株式取引の練達者で、多くは指値注文で売買をしており、また三菱地所株で差損を出した後に更に独自に三菱地所株を買付して利益を出す等、すべて独自の判断で取引しており、本件取引は被告担当者の「断定的判断の提供」による(因果関係のある)取引ではない、と主張する。

しかし、原告が当該取引に関し「成り行き」ではなく「指値」で売買注文したからといってそれは売買価格を多少とも有利にしようとする技術的なものであって、売買注文をするか否かとは別の次元の問題であり、また、原告が株式取引の経験があったとしても、右提供情報はむしろ多少取引経験のある者の方に受入れられ易いとみられる情報であり、更に、本件取引で差損を出した銘柄につきその直後同一銘柄の取引をして利益を出したことがあったとしても、当初の取引が被告担当者の「断定的判断の提供」による取引であったことの妨げになるものではなく、いずれも原告が被告担当者の「断定的判断の提供」に影響されず本件取引を決定したというに足りる特別の事情とはならないから、被告の右主張は採用できない。

(3)  また、被告は、担当者の勧誘行為に「断定的判断の提供」(証券取引法五〇条一項一号)があっても直ちに原告(顧客)との関係で不法行為となる訳ではないと主張するようである。

しかし、本件では、右七銘柄の勧誘において被告担当者は、前記のとおり証券会社等の買出動とか利益確保の約束ともみられるような話とかを含めて公正な取引情報とはいえない話をして「断定的判断の提供」による勧誘をしているのであって、この話に乗った原告の自主的で自由な判断を阻害したことは明らかである。

従って、本件取引のうち右七銘柄に関し「断定的判断の提供」による被告担当者の勧誘行為は原告に対する関係でも違法性がある行為として不法行為となるものである。

(4)  そうすると、本件では、本件取引のうち七銘柄(三菱地所・三菱重工・石川島・航空電子・東レ・荏原製作所・関電工)につき、被告担当者が「断定的判断の提供」をした違法な勧誘(不法行為)により原告が買付した取引であった、といえる。

3(原告の損害について)

(1)  原告が本件取引のうち右七銘柄(三菱地所・三菱重工・石川島・航空電子・東レ、荏原製作所・関電工)の取引で、結局計四五二一万〇四一五円の差損を生じたことは前記のとおりである(争いがない)。

そして、本件のように、被告担当者の「値上り確実な株式」という「断定的判断の提供」による勧誘行為(不法行為)により原告が買付した株式が後に値下りした場合は、信用取引を主とする原告が損失拡大を避ける為に安値でも売却して清算することは通常のことであるから、顧客が明らかに売却時期を逃したり誤ったりして差損を出した等の特別の事情がない限り、売却により確定した差損を右違法な勧誘により原告が受けた損害というべきである。

(2)  これにつき、被告は、右差損が当然に損害となる訳ではなく、これが損害となるには売却時にも違法に安値で売却された事実を要する、と主張するが、売却時に更に違法な勧誘があったことまで要しないのは右のとおりであるから、被告の右主張は採用できない。

(3)  また、被告は、原告の三菱地所株の取引は本件取引後も原告が取引を重ねて利益を得ているのに差損が出た本件取引分だけを損害とするのは問題であり、同様に原告は当時被告で本件取引分を含め計三二八七万余円の利益を得ているのに差損が出た本件取引だけを損害を受けたとするのは問題である、との旨の主張をするようである。

これに関し、乙第三号証各号(原告の売買取引計算書)、乙第一号証の四(三菱地所の当時の週足表)、弁論の全趣旨によれば、三菱地所の株価は本件取引での買付後一か月程は同水準かやや下降気味であったが売却(昭和六一年九月上下旬)後急騰下落をし同年一〇月末を底値に以降上昇を続け、原告は同年一一月上旬から同年一二月末にかけての買付によりかなりの利益を得たこと、右七銘柄のうち他の銘柄については本件取引で買付後下落して短期間(一、二か月以内)では利益を出すことはできなかったとみられること、原告は昭和六〇年六月から昭和六二年二月まで被告で株式等の取引をし本件取引を含めて結局三二八七万余円の利益を得たこと、という事実が認められる。

しかし、本件取引後に原告が三菱地所株の取引で利益を得ても当然には原告が本件取引分で損害を受けたことの穴埋めにはならないし、原告が本件取引で三菱地所株の売り時を明らかに間違えたとしても、それは結果論であってその当時に原告が売却したことに過失があったとはいえないから、原告が本件取引における三菱地所株で前記差損相当の損害を受けたことに変わりはないといえる。

同様に、原告が当時被告において本件取引以外の取引で多額の利益をあげ、本件取引での差損を控除しても相当の利益を得たとしても、当時本件取引での差損分を別の取引の利益で穴埋めする合意があった等の特別の事情が見出せない本件では、原告が本件取引のうち右七銘柄に生じた差損額(四五二一万〇四一五円)の損害を受けたことに変わりはないといえる。

従って、被告の右主張するとみられるところは採用できない。

(4)  ところで、原告は、前記のとおり本件取引のうち右七銘柄の取引につき被告担当者の「断定的な判断」により買付をしたものであるが、株式取引は本来自己の責任と計算において公正な情報に基づき行うものであるところ、被告担当者から前記のとおり証券会社等の買出動とか利益確保の約束ともみられるような話とかを含めて公正な取引情報とはいえない話による「断定的判断の提供」を受けて安易にこれに応じて取引したものであって、右話に乗って当該取引をしその結果損害を受けたことにつき原告にも重い過失責任があるというべきである。

そして、右の点も含め、本件で顕れた一切の事情を考慮すると、原告の過失割合は八割というのが相当である。

(5)  右によれば、原告の右(1)の差損相当額の損害(四五二一万〇四一五円)のうち、右担当者Bの使用者である被告が民法七一五条により責任を負うのは、右(4)のとおりの原告の過失割合の八割相当分を控除した残額(二割相当)である九〇四万二〇八三円ということになる。

四  結論

以上によれば、原告の本訴損害賠償請求は、被告に対し金九〇四万二〇八三円とその遅延損害金(履行期の後であることが明らかな昭和六二年三月一日起算、民法所定年五分の割合によるもの)の支払を求める限度で理由があるから、この限度で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担は勝訴割合等を考慮して定め、なお、仮執行宣言については、本件の事案や立証の程度等を考慮して右請求認容部分についてもこれを付さないこととし、よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千徳輝夫 裁判官 大久保正道 裁判官高宮園美は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 千徳輝夫)

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